今日の一通<届きました編>の最近のブログ記事
スウェーデンのクリスマスカードです
(C)AB Pictura Original:Lisi Martin
仕事仲間と「旅といえば、ハプニングが起きて困ったことばかり記憶に残っている」という話になりました。たしかにそうかもしれません。食べたもの、目にしたもの、楽しかったこと、美しいと感じたことも思い出せますが、焦って冷や汗をかいたこと、痛かったこと、心臓がバクバクしたことなど、よく覚えています。
ひるがえって、人の一生も同じことが言えますね。喜びや楽しいことばかりではない、喜怒哀楽のすべてが存分にあるからこそ、味わい深い、豊かな人生と言えるのでしょう。また、喜びや楽しいことが数多くあるからこそ、怒りや哀しみも深く感じられるのだと思います。
先日から、まとまった数の手紙を読ませていただいています。
テーマは同じ、文字数も同じ。にもかかわらず、思わず涙がこみあげてくる泣ける手紙もあれば、あっさりと「はい、次」となる手紙もあります。それは文章力の違いではないですね。わたしの場合、きれいごとだけでない、憎しみ、怒り、悔いや哀しみ、それらの感情を経た先にある「気づき」や「赦し」に対して、いつも心が動きます。
手紙を通して、その書き手の人生の一部分を味わわせていただけているような気持ちになります。
濱文様 絵てぬぐい「柿の木と小鳥」
「木守柿(きもりがき)」という言葉があります。
柿は収穫するとき、すべてをとってしまわないで、木の先端のほうに少しだけ残しておく風習があります。理由は鳥にあげるため、来年の豊作を願うため、神様に捧げるためなど様々あるようで、その残された柿の実のことを「木守柿」といいます。
柿は収穫するとき、すべてをとってしまわないで、木の先端のほうに少しだけ残しておく風習があります。理由は鳥にあげるため、来年の豊作を願うため、神様に捧げるためなど様々あるようで、その残された柿の実のことを「木守柿」といいます。
印象に残る、よい言葉ですね。
わたしは先日初めてこの言葉を知りました。そして、この言葉を知った数日後、京都の嵯峨を歩いているとき、何気なく見上げた木のてっぺんに1個だけ残された柿の実を見つけました。「あ! あれだ!」と、なんともいえない喜びがこみ上げてきました。
言葉を知ったからこそ、気づけた喜びです。
遅れないよう歩いていたときだったので写真を撮れませんでしたが、記憶の中にしっかりと残っています。
遅れないよう歩いていたときだったので写真を撮れませんでしたが、記憶の中にしっかりと残っています。
言葉を知ると、気づけることが増えますね。そう実感した出来事でした。
中国の若い女の子からもらったというポストカード
おもしろいですね!
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「忙しい」という言葉が好きではありません。「心」を「亡くす」と書くからですね。ちょっとしたことですが、そうした状態を表したいときには「あわただしい」と言ったり書いたりします。同じように「多忙」ではなく「多用」をつかいます。仕方ないときは平仮名で「いそがしい」と書きます。多少あわただしくて体につかれがたまったとしても、それが自分のやりたいこと・自分らしいことに対してなら、ぜんぜん問題ないですね。むしろ、楽しい!ワクワク!の連続ですし、仮に問題が生じたとしてもノリノリで解消していけるものです。
ただ、自分の持ち味とは違うこと・苦手なことをやらなければいけないときには、がんばり過ぎると、途端に、心を亡くしてしまいそうになります。
はぁ。。何はともあれ、目の前にニンジンをぶらさげて乗り切ります。
はぁ。。何はともあれ、目の前にニンジンをぶらさげて乗り切ります。
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手紙文化振興協会の講師2名が、NHK Eテレ「人生レシピ」に出演しました! 二人で30分くらい画面に映っていました。司会の賀来千香子さん、ゲストの壇蜜さんのコメントが的確で、かつ温かくて、さすがすばらしかったです。
何しろ、堂々とのびのび自分を表現している二人の様子を画面越しに見て、わたしはなぜか照れて頬が真っ赤になっていました。
何しろ、堂々とのびのび自分を表現している二人の様子を画面越しに見て、わたしはなぜか照れて頬が真っ赤になっていました。
今週4日(木)午前11時~、再放送があります!
https://www.nhk.jp/p/jinsei-recipe/ts/9297GZL6PP/
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30日は手紙文化振興協会の講師たちが一年に一度、顔を合わせて集う講師会を行いました。今年は昨年に続きオンラインでの開催となりました。ゲストに作家・山下景子さんをお招きしました。
講師の皆の存在が励みなのです。